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民族学ストーリー

現代に引き継がれる歴史(民俗学)

 中米グアテマラの小さな地方都市で開かれる市場を覗くと何かマヤ時代のそうした場所にいるような不思議な感覚を持つ人も少なくないだろう。コロンブスが西インド諸島に錨を降ろした1492年から500年余り。そんなはるかな時代を超えて今でも中南米にはプレコロンビア(コロンブス到着以前)の生活様式や言語、風習を守り続けている人々が数多く住む。
 有名なフンボルト男爵は中南米に住む人々の民族的なくくりをインディオ(先住民:現在はインディヘナという呼称を使う)、ヨーロッパ系移民、アフリカ系移民、メスティーソ(インディヘナとヨーロッパ系移民との混血)、ムラート(ヨーロッパ系移民とアフリカ系移民の混血)、サンボ(インディヘナとアフリカ系移民の混血)、クリオーリョ(中南米生まれのヨーロッパ系住民)の7つと分類したが、そうした社会階層とも関係の深い民族分類が今でも行なわれている。
 この中で、最も過去からの伝統を持ち続けているのが言うまでもなくインディヘナの人々である。

 純粋なインディヘナは、植民地時代の征服者による酷使やヨーロッパから持ち込まれた伝染病によりカリブ海諸島の国々ではほとんど死に絶えてしまったが、それ以外の国や地域では今も広い地域で暮らしている。ただ、その割合は国により様々である。そのうちインディヘナの推定人口比率が比較的高いのは ボリビア(55%)、グアテマラ(50%)、ペルー(47%)、メキシコ(25%)、エクアドル(25%)といった国である。

パラカス文化の伝統的織物(ウルバノ・ペレス氏作、アヤクーチョ、ペルー)
 この中のアンデス地域には、インカ帝国がその最盛期に拠点を置いていた現在のペルーやその領土の中にあったボリビアやエクアドルにはインカの公用語となっていたケチュアという言葉を話したケチュア族、或いはそれ以前に今のペルーとボリビアにまたがって住んでいたアイマラ語を話したアイマラ族という民族が住んでいた。そしてケチュア族は今でも一大先住民族グループである。アイマラ族もケチュア族やスペイン系の住民と混血が進みながらも今もその地で暮らしている。
 それに対しメキシコや中米、特にメキシコにはその言語によって分類出来る数多くのインディヘナのグループが住む。それは16世紀初頭にコルテス率いるスペイン軍に滅ぼされたアステカ帝国の担い手であったナワ語を話すナワ(ナワトル)族をはじめ、セリ、トラパネコ、オトミ、ミシュテコ、サポテコ、タラウマラ、ウイチョール、半島部マヤ、ラカンドン他56にのぼる言語の違いで分類される部族である(メキシコ国立インディヘナ研究所資料より)。そしてその中には多くのマヤ語系の言語を話す部族が含まれている。
 上のような南米アンデス地域とメキシコや中米の言語バリエーションの違いは、スペイン人到着以前のいわばインカとアステカの統治形態の違いに起因するものであろう。もちろんケチュアにも方言はあるが。

 短い紙面でその全てを語ることは到底無理だろうから、もし出来れば一度現地に赴き、インディヘナの人々の生活の様子を彼等の暮らしを乱すことなく見て欲しい。特にメキシコ、中米ではその生活様式、言語、風習の多様さに驚かされることと思う。宗教(祭りや儀式)、魔術、装束、食事・・・。比較的近年、メキシコ南部の村で子供の写真を何気なく撮った日本人観光客が襲われるという事件があった。そこでは肖像=写真を撮ることは魂を抜き取ることという考えが強かったため、村人たちが怒って石つぶてを投げつけたということである(これはツアーを組んだ旅行会社の責任大)。

 現在の中南米のインディヘナの世界にも16世紀以降土着の神を否定しながらスペイン人が布教してきたキリスト教と共に21世紀の時代を表わすものが数多く見受けられるようになり、混血もますます進んで純粋なインディヘナの数は減り続けているが、いにしえの時代から受け継がれて来た様々な伝統は今も各地で息づいている。

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